最近、ニュースを見るたびに、少し疲れます。
海峡がどうなるとか、
どこかの国がどう動くとか、
指導者が何を言ったとか。
今後、日本も大きく巻き込まれていくことは
逃れられないと思っています。
そして、私は、ちょっとこの海外のリーダーたちを冷めた目で見ています。
歴史から何も学ぼうとはしない、追及するのは利益と覇権と名声
どの国も、きれいな言葉を使いますよね。
自由とか、安定とか、抑止とか。
でも結局は、自分の国の利益が一番です。
その言葉のほとんどは「手前勝手な欺瞞」です。
善良な理想だけで動く国なんて、ないと思っています。
強い国は、盤面(碁盤の石・駒の動き)を見て動きます。
でも、実害で傷みに揺れるのは、いつも普通の人の生活です。
石油は大丈夫なのか。
物価はまた上がるのか。
戦争になるのか。
そうかもしれない。
こうかもしれない。
ああなるかもしれない。
「かもしれない」という言葉が、じわじわと心を削ります。
過去の戦争で亡くなった人たちは、
何のために命を落としたのか。
若いまま帰ってこなかった人。
十代で戦場に行った人。
私の家族にも、結婚することもなく戦死した人もいます。
父も、十代で少年兵として戦地に行きました。
こんな時代になると、あの時、戦場にいった人たちは、
その後の平和の中で、まさか、自分の子や孫の時代に
早々と、こんな時代がやってくるとは
想像もしていなかったことでしょう。
考えると、やりきれない気持ちになります。
それなのに、
世界はまた同じような緊張を繰り返しているのです。
私は、憤りや怒りや不安というより、
こんな人間社会に、呆れているのかもしれません。
人間はどんな生き物より賢いつもりでいますが、
同じ場所で何度も転んでいるようなものですね。
繰り返しています。
誰もが、頭のどこかでは、
“平和は永遠ではない”と解っています。
しかし、だからといって、
ニュースを見ながら、あっさり受け入れ、
自分の心まで戦場にしたくはありません。
それは、無関心でいようということではありません。
心が、引きずられてダメージを感じるほど、
煽られないようにするということです。
こういう時代ほど、煽りやプロパガンダは増えます。
それは、マスコミをみても、もうすでに、
隠しきれないほど、多くのプロパガンダが始まっています。
すでに、それを隠しません。堂々と、やっています。
煽られたりしてはいけないのです。
心を一つ外に置きながら、俯瞰で全体の流れをみることが大切です。
そして、大切なものを守りましょう・・守るにはどうすればいいか、
綺麗ごとを、念仏のように唱えていても守られるものではないでしょう。
だからこそ、情報は、色々な立ち位置から見るべきだと考えています。
そして、私たちが生きる場所について、自分が大切にしたいもの、
守りたいものの為に、何ができるかを考える。
そういうことだと思うのです。
大国の思惑に、
自分の神経まで預ける必要はありません。
世界が騒がしいときほど、
深く深呼吸をして、導かれた情報で一喜一憂せず、
俯瞰でみることです。
小さな生活を守るために何ができるのか、
洪水のように流れてくる情報や、
「テレビというビジネス」に惑わされないことです。
一歩引いたところから、全体像や流れをみることで、
また、違った見方ができると思います。
そうして出た、それぞれの思考の結果は、
少しずつ、違うかもしれません。
少しずつちがっても良いのです。
それはむしろ自然です。
でも、注意したいことは、
ただ、個々が洪水にながされ始めたとき、それは激流になっていきます。
世界はこれからも、揺れるでしょう。
そのことを忘れてはいけません。
私たちの一日一日は、私たちの大切な人生です。
激流に流れていくか、俯瞰で見定めて
冷静に考え行動することができるか。
とにかく、
狂気の連鎖は
世界中をじわじわ浸食しはじめています。
日本も、高みの見物とは、いかないようです………。

