昭和という時代__。
表舞台に立つ者と、その陰で静かに生き抜いた者たち。
政治の裏にいた人。居場所を失った人。夜の世界で生きた女たち。
貧しさに押し流された家族。誰にも語られなかった生活の痕跡。
華やかさでも、暴力でもなく、ただ「人」の温度が熱かった、
温かかく、時に残酷で、熱く灼熱の太陽のような
昭和の断片を、書き続けています。
これは私自身が見てきた人々の奏鳴曲(ソナタ)であり、
昭和という時代の協奏曲(コンチェルト)でもあります。
ひとつひとつの旋律を、ソナタのピアノ旋律のように執筆中。

動物が流行るとき、日本は少し疲れているのかもしれない

提灯Lab

最近、千葉の市川動植物園にいる「パンチくん」が、国内だけでなく海外でも人気を集めているようです。最近では、来園者の半分近くが外国人になることもあるらしいのです。時代の変化を感じます。きっかけはやはりSNSの拡散なのでしょう。

この“パンチくんブーム”で、気づいたことがあります。日本で動物が大きな人気を集めるタイミングは、過去を振り返ると「少し、人が疲れている時期と重なることが多いのではないか」という点です。

心の不安定な時代と動物の癒しの歴史

戦前戦後まもない頃、まだ生活が厳しかった時代には、動物園そのものが人々にとって貴重な娯楽であり、癒やしの場でした。特にインドゾウの公開などは、人々に大きな希望を与えた象徴的な出来事でもありました。その後、戦争が戦火が日本に直接迫ってきたころ、悲劇のゾウに日本人の多くが涙し、語り継がれています。そして、この時代は、「動物を見ること自体」も、きっと人の心を和らげていたと思います。

その後、1970年代から80年代にかけては、テレビの影響もあって、動物との距離が一気に近づきます。とくに畑正憲氏(ムツゴロウさん)の存在は大きく、「檻の中の動物をただ見る」ではなく、「動物と心を通わせる」という価値観が浸透しました。

この時代は、高度成長のひと区切りを迎え、人々が心の豊かさを求め始めた時代とも重なります。家族の一員として、小型犬や大型犬の血統書付きのペットを飼う家庭も増えたのはこの頃です。我が家でも、スピッツ、コリー、シェパードを飼っていました。

その後、1980年代にはラッコやコアラが人気を集めました。バブル期で経済的には豊かでも、企業戦士という言葉が普通に使われるほどの、厳しさ、忙しさの中で、物があふれ、豊かな人も増えたけれど、その反面、どこか心が満たされない、落ち着かないという空虚な空気もあった時代でもあります。無垢で愛らしい存在に惹かれるのは、ごく自然な流れだったのかもしれません。

※コアラのマーチというお菓子が発売されたのも1984年でした。

2000年代の不況期には、旭山動物園の取り組みが注目され、「生き生きとした動物の姿を見ること」そのものが価値として見直されました。さらにSNSが広がった近年では、猫や犬、ウサギやフクロウ、カワウソなど、個体ごとの魅力が一気に拡散されるようになっています。TV番組でも“動物”が、タイトルになる番組も増え、長寿人気番組も生まれました。

そして現在のパンチくんです。

いまの特徴は、単なる「かわいさ」だけではなく、その背景やストーリーを含めて感情移入している、心を寄り添わせているのです。それは、頑張ってるパンチくんの毎日に、どこか共感してしまう点、逆に癒しや元気をもらっている点があるのだろうと感じます。

まだまだ、パンチくんは「飼育員さんたちと一緒にいたい」という気持ちが一番強いようですが、「人間との暮らしはもう終わりなんだ……。このさる山が自分が生きる場所なんだ」ということを、小さいながらも、漠然と本能的にさとりはじめているような、健気で切ない頑張りも見えます。

社会不安と動物への感情移入

こうして並べてみると、日本では社会が少し不安定だったり、人の心が疲れているときに、動物が特別な存在として浮かび上がってくる傾向があるように思えます。

私たちは、パンチくんや、あのさる山の猿たちを見ているうちに、その弱さ、逆に垣間見る逞しさ、群れで生きぬく厳しさ、無垢のやさしさに、強く魅了されて感情移入しています。

人が、パンチくんを応援したくなるのは、あるいはそのどこかに、自分を重ねているのかもしれません。それは、特にこの不安定な時代を生きる人間が、無意識に求める癒しや、自分への励ましのような感情の動きともいえそうです。

忙しい日々の中で、人間以外の動物に心惹かれていく。時代がどこか不安定な空気になると、さらに強く心を寄せていく動物が登場する。その感覚は、これからも変わらず、時折、繰り返されていくのではないでしょうか。

そして、私自身も例外ではありません。毎日、つい時間を忘れてパンチくん関連、そこから他のニホンザル動画などを見入っている自分がいます。