『それでも私が書く理由』ノンフィクションのタブーを書き上げて

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※本日のこの記事は、ゆるく更新している日常ブログの自己紹介文にしています。

60代後半です。シングルシニア歴、もうすぐ40年。パートナーは40年間、一度も無し。必死で生きてきた、失敗もたくさんした、どん底も味わった。子供は二人いましたが、ひとり他界しています。これ以上の地獄はないという地獄を味わいました。

地獄で生きてきた数十年を考えれば、今は、生きていることに感謝。

関わる人達に感謝。

ひとりしかいなくなってしまった、我が子へ感謝。

生まれたことに感謝。

今は、感謝で生きています。

数奇な星のもとに生まれた半生を恨んだことも、死のうとしたこともありましたが、今は、すべては学びのため、気づきの為、心からの感謝を知るためだったと、生まれた意味に気づき始めている感覚を持っています。

しかし、この年齢になってから、気づくなんて、

どれだけアホなのかとも思いますが……。

様々なことに感謝しながらも、時には、ブツブツ不満を言うこともあります。政治や社会の歪みに、批判的なことを言うこともあります。

しかし、

おおまか、

おおむね、

だいたいにして……、

人生に感謝。

おもちゃ箱をひっくり返したような、私の人生。

産んでくれた両親へ感謝。

「生まれる」ということは、それだけで宝くじに当たったようなもの。

命とは、そういうもの。波乱万丈は、体験の積み重ね。

たった一度の人生、折角生まれてきたのだから、なにもなかった人生より、ジェットコースターのような人生たった過去も、ひょっとしたら、中身が濃い、様々な体験ができたという意味で、学ぶことが多かったのかもしれないという「思い込み」で開き直っています。

もう、開き直って、ポジティブに生きなきゃ、損してしまうくらい

残りの時間は圧倒的に少ない。

泣いても一生。

笑っても一生。

怒っても一生。

喜んでも一生。

恨んでも一生。

感謝しても一生。

もう、これからは、どうせなら、心豊かに、安らかに生きたいのです。

そんな「今に至るまで」の、壮絶な人生のノンフィクションを小説にしました。

著作やノンフィクション系の話は、別ブログで書いています。

こちらにも、著作については、時々、ご紹介しています。

 

以上が、別の日常ブログ自己紹介文です。

『日々の手帖』という日常のゆる~いブログの自己紹介文として書いたものです。

もうひとつのブログは、どこにでもいる60代・シングルシニア女性、世の中の末端で生きる、吹けば飛ぶような人生を送っているひとりのシングルシニア女性としての「日常」を綴るブログになっています。

ブログやユーチューブをご存じの方もいらっしゃると思いますが、よろしければ合わせて、読んでください。あまりたいしたことは書いていませんが(笑)

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