70才がリアルになった今「もうすぐ死ぬのに」と考えることが増えた。それは、決してネガティブな意味じゃない。
もっと淡々と乾いたものだ。年齢を重ねると、そんなものなのだ。
私は60才後半。家族はみんな死んでしまった。もうそろそろいいだろう。
墓場まで持っていくつもりだった、あんなこと、こんなこと、批判されようがそれも私の人生だ。卑屈に生きてきた、内緒内緒で生きてきた半世紀を、どこにどうやって抱えて墓に入るというのか。
『人生はゲーム』
その列車の操縦席に座れば、ミラクルなゲームに過ぎないのを感じるだろう。そして、帰る場所は皆同じ。
言っとくけど、「地獄なんてものはないからね」。
自分が地獄を作り出しているだけだ。
「私の人生は地獄だ」
なぜ、こんなところに生まれ、こんな人生を歩み、こんな風に思われ、こんな思いをしなきゃいけないのかと、宿命を恨んだこともある。
しかし、今は……。
そりゃ、今の時代の方々には、ヒンシュクを買うかもしれない。しかし、みんな、本当にそう思っているのか?
そう問いたくなるような、ギスギスしたことが多い今の世の中に、私は、「昭和を生きた人々の、数々の鮮烈な人生」を、たくさん残していきたいと執筆をつづけている。
人生ハードモード。
そんな人ばかり見てきた。
レッテル張りをした側が、
全面的善意の功を奏すように世の中を闊歩する時代。
そんな時代に、
私は、「フィクサーの娘」という小説に着手した。
60年以上前の私と父の写真をもとにAIでイラスト化した画像の部分的な切り抜き。あまり似ていない。

